邪馬台国時代の王国群と纒向王宮
近刊

纒向遺跡は邪馬台国か

邪馬台国時代の王国群と纒向王宮

  • 石野 博信/著
  • A5判
  • 272頁
  • 2500円+税
  • ISBN 978-4-7877-1908-9
  • 2019.04.05発行

紹介文

3世紀の都市・纒向遺跡が出現した時代、列島各地はどのようであったのか。奈良県の二上山博物館で17回にわたって開催された邪馬台国シンポジウムの資料集に寄せた論考を中心に、各地域の遺跡をとりあげ、その交流関係をさぐり、あらためて邪馬台国の問題に迫る。

目次

はしがき

Ⅰ 邪馬台国時代の王国群
1 倭人は文字を使っていた
2 三、四世紀の祭殿─家屋文鏡の世界
3 近畿勢力はどうやって大陸や半島と交易したのか
4 住居からわかる海洋民の西部瀬戸内への進出
5 阿波・讃岐・播磨の連合はあったか
6 ホケノ山古墳の大壺は何に利用されたのか
7 二、三世紀の筑紫と大和を結ぶ太平洋航路
8 三世紀の大和と吉備の関係は?
9 三世紀の三角関係─出雲・吉備・大和
10 丹・但・摂の紀年銘鏡
11 卑弥呼擁立を図った祭場か?─伊勢遺跡
12 独自の文化圏を保った近江
13 二世紀の東海の祭祀
14 二、三世紀の東海と近畿
15 角丸戦争のゆくえ
16 二、三世紀の日本海と甲斐・信濃
17 三、四世紀の会津と大和
18 土器のみち
19 三、四世紀の豪族居館
20 墳墓の伝播
附 対馬国と一支国への旅

Ⅱ 纒向王宮への道のり
纒向遺跡は邪馬台国の候補地となるか
纒向王宮への道のり
纒向王宮と箸中山古墳
大和と筑紫の陵寝制と銅鏡破砕儀礼
纒向王宮から磯城・磐余の大王宮へ

Ⅲ 邪馬台国論
古代に見え隠れする邪馬台国
卑弥呼を「共立」した国々
卑弥呼と男弟─三世紀のヒメ・ヒコ体制
邪馬台国時代再考

あとがき─漢魏洛陽城のへの憧憬

参考文献

出版社からのコメント

卑弥呼が登場して邪馬台国に都をおいた2〜3世紀の倭国とは、どのような状況にあったのか。九州から東北中部まで、各地の遺跡から当時の国々の交流をさぐり、邪馬台国の時代を考えるとともに纒向王宮は卑弥呼の王宮かどうかにせまります。

著者紹介

石野 博信(イシノ・ヒロノブ)

1933年、宮城県生まれ。関西大学大学院修了。 兵庫県教育委員会、奈良県立橿原考古学研究所副所長を経て同研究所顧問、奈良県桜井市纒向学研究センター顧問、兵庫県立考古博物館名誉館長。 主な著作  『古墳文化出現期の研究』学生社、『邪馬台国の考古学』吉川弘文館、『アジア民族建築見てある記』小学館、『古墳時代を考える』雄山閣、『三角縁神獣鏡・邪馬台国・倭国』(共著)『邪馬台国の候補地・纒向遺跡』『邪馬台国とは何か』『古墳とは何か』『倭国乱とは何か』新泉社、『弥生興亡 女王・卑弥呼の登場』文英堂、『研究最前線 邪馬台国:いま、何が、どこまで言えるのか』(共著)朝日選書ほか多数。

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